愛にキャパシティは関係ありません。

lgf01a201402171500陽の光が暖かさを運んで季節の変わり目を感じるこの頃、朝、歩道を歩く若いお母様と3,4才のお子様が手をつないで近くの保育園へ歩いてお出かけするご様子を目にしました。 まだ小さいお子様の歩幅は大きく一生懸命に歩みを進め、それを気遣うお母様の歩幅は小さくゆっくりでした。

観ているだけで微笑ましく『愛』が湧いてきます。

覚醒には『愛』というキーワードがつきものですが、時に愛の定義がわからないとおっしゃられる方がおいでです。

定義はありません『愛』は感覚的なものです。 そして、それを言葉にするなら『愛』は見守る『母性』と同義だと感じます。
愛でるココロは言いようのない母性が溢れます。 愛は溢れるものであり、活性させて生産するものではなく自然に沸き起こる、溢れ出すこれが『無情の愛』歓びの愛です。

ちょっとしたすれ違いや喧嘩で相手を許すことが出来ない。そんな気持ちを抱えられていらっしゃる方もおられますが、得てして現在の嫌な出来事を一致性のない過去の感情や条件と照らし合わせる「癖」である場合がほとんどです。

愛は一瞬一瞬湧き出る生命力であり、許せない意地(エゴ)を溶解するエネルギー(ZERO・源・ソース)です。人から与えられ満足を得るのは『愛』ではなく、この世の欲求不満(エゴ)を満たす単なる損得勘定です。

実のところ、許すことは思いのほか簡単で、淡々と確認すればいいだけなのです。相手に対してではなく、怒りを生み出す貴方の内側の優劣や自己を正当化する言い訳を「観る」だけいいのです。 さらに貴方ひとりだけが怒りの時間に囚われている気分や、被害者意識の心地よさを味わって、本当はそうした出来事すらも以前からあったなと気づいたら上々です。

気づいたら周りにそのネガティブを振り撒き、同情を求めるのは止めましょう、でなければ更に感情の深みにはまり『許す』ことが容易ではなくなります。

貴方が他のことで愛を満たしていきさえすれば、怒りに囚われた現象は薄れていくもの、怒りの時より歓びの時を創造し、現在(いま)を満たしていきさえすれば、怒りに囚われた時はあっという間に溶けてなくなるのです。

その時、あなたは『怒り』について寛容になり、『愛』が貴方の中に眠っていた事が分かるでしょう。

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