if まさか

見える世界と見えない世界をつなげて
自分力再発見!
魂レボリューション創造基地
スピラボ0.主宰 FUJIKO.です。

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もし、
まさか…という展開が起こったら
あなたは楽しむことができますか?
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結婚式に出席すると

『人生にはまさかの坂がある。』

というスピーチを耳にしたことありませんか?

そして、あなたは『まさか』の坂を越えた事がありますか?

ありますよね?私もあります^^;

『まさか』に遭遇する時は
なんで!?なんで!? なんで私~!?と
アタフタしてしまうのですが

過ぎてみると

 

『はぁ、なんとかなった~。』

 

と、そんな感想しかないものです。

『まさか』を前にすると、それこそ
人智の及びもつかない神様が
その出来事に介在していて

やれ、バチがあたっただの

やれ、ご加護に恵まれただの

自分ではなく神様に花を持たせたり
逆に罵ったりしてしまいがちで

相手がいる場合は、その人を上げたり下げたりしがちになります。

でもちょっと、考えてみてください

良し悪しという人間界の概念で神様も判断するのでしょうか?

神様は判断しません。

例えば、
貧困で絶食状態の人が

『なにか食べ物のお恵みを!』

と祈ったら
空から「イカの塩辛」が1つ
落っこちてきたとしましょう

あなはたイカの塩辛を見て

『神様コレじゃない!』と叫びますか?
それとも
『神様はコレをどうしろと』と叫びますか?

神様は人の状態の良し悪しではなく
願いをそのまま用意します。

そして、その用意されたものを
どう生かすかやってみなさい

あなたは出来るのだから。

と、材料を常に用意しているのです


人はそれを自分の好きなようにしていいし
好みの別のカタチに出来るのが人の役割なんです

 

つまり、


人間とは、

一人ひとりがカタチあるものに、

更に想像を膨らませて、

別のカタチに変えてしまう

そんなチカラを備えている

錬金術師というワケです^^

 

 

まさかの坂を上る時
材料はほとんど揃っています
それをどう自分の好みにするかです

そういうギフトが贈られてきて
責めるか
チャレンジするか

それがまさかの正体かもしれませんよ。

 

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